こんにちは、スズケーです。
2018年9月20日、今日はムハッラム月10日目。アーシュラーですね!
アーシュラーはイスラム教の中でも、シーア派の人々が行う宗教行事。
シーア派の人々にとってはとっても大切な日です。
私もパキスタンのフンザに住んでる時に見たことがありますが、
なかなか他にはなさそうな、壮絶なことをやる宗教行事であるなぁ、と…
ちょっとだけではありますが、私がフンザで見学したアーシュラーをご紹介します。
アーシュラー
アーシュラーはヒジュラ暦(イスラム暦。太陰暦のためグレゴリオ暦とのズレがあり、毎年10〜11日程グレゴリオ暦より1年が短い)における、ムハラッム月(1年の最初の月)の10日目を指します。
ラマダーンやイードに続き、イスラームの宗教行事として有名なものの一つではないかと。
アーシュラーは、イスラム教の開祖である預言者ムハンマドの孫、第3代イマーム・フセインの殉教日。
西暦680年のこの日に、イマーム・フセインとその従者達が、現在のイラク・カルバラーにてウマイヤ朝の軍勢に殺害されたとされています。
アーシュラー前後の時期になると、人々は黒色の服を着用したり、黒色の旗を飾ったりして喪に服します。
今はやっていないけれど、昔フンザではムハラッム月に、
シーア派の人たちが住むガニシュという村のモスクで、イマーム・フセインの殉教を哀悼する詩の朗読を、朝から日が沈むまで、ず〜〜〜〜〜っと大音量でかけていました…
私は2017年のムハラッム月にもフンザにいたのだけれど、3着もっていっていたシャールワールカミーズのうち、たまたま1着が上下とも黒色だったため
シーア派の人に言われました。
いや、偶然です。
「ムハッラム」は、ヒジュラ暦(イスラム暦)における一番目の月の名称。
ムハッラム月の1日目が、ヒジュラ暦での新年となります。
ラマダーン月に次いで神聖な月であるともされていて、この月に争いごとをする事は禁じられており、自発的に断食を行う人もいます。
前述した通り、ムハッラム月10日がイマーム・フセインの殉教日である事から、主にシーア派の人々を中心に、喪に服す気持ちからこの月の間は黒い服を着るようにしたり、結婚式などの行事を控えるようにする人もいます。
※ムハッラム月の結婚式がハラームというわけではないそうです。
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タアズィーヤ
アーシュラーの一連の行事の中で一番知られているのがタアズィーヤと呼ばれる殉教追悼行事。
イマーム・フセインの棺を模した神輿が担ぎ出されたり、彼が乗っていたといわれる馬が連れてこられたり。
シーア派の人々はその後ろを列を作って行進し、最後には、鎖で自分の体を鞭打って哀悼の意を表現するなどの熱狂的な儀礼が繰り広げられます。
血まみれになる人もいたりして、なかなかにエキサイティングな儀式です。
フンザでアーシュラー見学
アーシュラーは、フンザに住んでる時に1回見ました。
フンザのタアズィーヤの行進は、当時はガニシュからスタートしドゥルカンと言う村まで(今はもっと短くなっている)。
ガニシュに住むシーア派の男性達は、両手を交互に振りかざして自分の胸をどんどん叩きながら、ゆっくりゆっくり行進していきます。
お祈りの言葉と、胸を叩く深い音が調和して、なんだか不思議な歌のよう。
ドゥルカンに到着したところで行進はストップ。水路で体を清めて、集団礼拝を。
集団礼拝の後に、タアズィーヤのメインイベントが始まります。
メインイベントは、ジャンジールと言う、鎖の先にナイフがついた、ドラクエに出てくる武器みたいなもので
男の人たちが自分たちの背中を叩き、傷つけていくと言う壮絶なもの。
この行為を行っている人たちは、その時一種のトランス状態のような感じに陥り、痛みも寒さも感じなくなるのだそうな。
そして、背中に負った傷も、手当をせずとも不思議と数日で治ってしまうのだって。
たくさんの男の人が上半身裸になり、ジャンジールで背中を打ちはじめると、先端の刃物が、背中をどんどん傷つけ一帯に血飛沫が飛ぶ。
周りでそれを見ている人たちも、行進の時と同じように、両手で交互に胸を叩く。
中にはまだまだ若い少年もいて、興奮してやりすぎてしまったのか、大人が近くに駆け寄って止めさせようとするシーンも。
それでも彼はその手を振り払って、ジャンジールを体に打ち付け続ける。
この儀礼が終わったあとは、再び行進がスタート。
行きと同じようにみんな胸を叩きながら、着た道を逆に戻っていきます。
それまでジャンジールで背中を傷つけ続けていた人々はふと我に返ったようになって、
道の脇に設置された救護ブースに入っていき、傷ついた背中を消毒してもらいます。
包帯を巻いたりはしない。あくまで消毒し、汚れを洗い落とすだけ。
中を覗き込んでいた私の横を、血まみれになった男の人たちがすり抜けていく。
手には彼らの背中を傷つけていたジャンジールが無造作に握られていて、
すれ違った瞬間に、ぶつかって私の手も切れてしまうんじゃないかと少しビクビク。
ジャンジールを見せてもらったけれど、もうほんとドラクエとかFF。
救護ブースで消毒を受けた人々は、行進に追いつくために足を速めて立ち去っていきます。
途中で一度ストップし、全ての人にチャイとスナックを振る舞って、イマーム・フセインに関するレクチャーなどを。
これが大体、朝10時から夕方4〜5時くらいまで、1日かけてゆっくり行われてました。
チェヘルム
シーア派の人々が、イマーム・フセインを偲んで行う更新は年2回あります。
1回目が今回紹介した「アーシュラー」で、
2回目は、アーシュラーの40日後に実施される喪明けの行事「チェヘルム(Chehlum)」。
チェヘルムではアーシュラーの時のように、ジャンジールを使った血みどろ自傷行為は行われず、
もう少しソフトな感じの行進のみとなります。
でも、パキスタン人に「アルバイーン」って言ってもあんまり通じない。
参加や見学の制限
初めて生で見たアーシュラーはなかなかの迫力。
怖いとかはないけれど、とにかく「なんかすごい」の一言でした。
規模の小さいフンザでこうなので、人の多い大きな街中で行われるものは、きっともっとすごいはず。
ただ、アーシュラーはシーア派の行事ということで、シーア派を狙ったテロが起きやすいと警戒されて、最近ではシーア派男性以外の人がこれに参加したり見学したりするのに制限がある場合もあるようです。
私がフンザで見た際も「アーシュラーは危険だ」ということで、イスマイリー派のボランティアがタアズィーヤの行われるカラコルムハイウェイへの道を封鎖してました。
(仕方ないのであぜ道などを使って、検問をくぐり抜けて見に行った)
タアズィーヤに参加してるシーア派の人は、どうぞって快く見学を許可してくれたし、危ないことは何もなかったけれど。
ただ、実際にアーシュラーを狙ったテロや、暴動は起きているので、大きな街などで見学する際は、よーく気をつけて行った方がいいと思います。
スンニの人々の中には、否定的に言う人もいるけれど、
シーアの人々にとっては、アーシュラーはとっても大切な行事の一つ。
もし興味があるようならば、このタイミングにあわせてパキスタンを訪れ、見学してみるのもいいかもしれません。
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最近は日本国内でも、シーア派のパキスタン人らが集まって、アーシュラーやチェヘルムの行事を行っています。
関東にはシーア派のモスクである「Markaz Muhammad allay Muhammad japan」もあるため、そこを中心にタアズィーヤの行進もあるようです。
Markaz Muhammad allay Muhammad japan
- 〒300-2748 茨城県常総市馬場441−8
- 090-3537-9288
- http://www.markazmuhammadallaymuhammad.com/
愛知でもアーシュラーはやってるようですが、行進までしてるかどうかは知らない。
みんなで集まって室内でイマーム・フセインのお話をしたり聞いたりしているっぽいです。
お読みいただきありがとうございました!
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アーシュラーか、実際に一回みてみたいな~それからコメントをかきたいな=。本当のところは実際かんじないとね。イスラム教徒もホントにいろんな人がいるよね。
今日のブログとこのアーシュラーのブログでそう感じた。今まで会ったムスリムの人たちも思いだすよ。そんな出会いがいい経験になったよ。アーシュラー凄いね!
フンザじゃなくて街中でみるとまた違うだろうな〜とか思う。
ちなみにめだかちゃんは、帰り道にゴミ拾いで大活躍していました。