宗教(イスラーム)

イスラームのせいなのか アーシア・ビビの事件を受けて

イスラムのせいなのか

こんにちは、スズケーです。

今日もまだEMSの追跡データはネットに上がってきません。
通常通りなら、そろそろラワルピンディーの郵便局に届いていていい頃なんだけど。

警察の車や荷物積んだトラックに火を放ってる動画ニュースとかを見たので、
郵便局の車に火つけられて、私の送ったEMSも共に炎上したらどうしよう…と
本気で心配です(荷物が)。

スズケー
スズケー
みんなアホだろ、トラックに火をつけて判決が変わるわけねーじゃん。
くだらない憂さ晴らししてんなよクソッ。

暴徒化しているアホなパキスタン人を並べて、アントニオ猪木の全力ビンタしてって欲しいです。
パキスタンで圧倒的な人気を誇るアントニオ猪木のいうことならみんな聞くかもしれません。

猪木はかつて新日本プロレスのパキスタン遠征において、格闘技の英雄アクラム・ペールワンと対戦し腕を折るなどして勝利を収めると一躍国民的一大事になり、同行した妻の倍賞美津子と共に猪木が国王と並んで国民に挨拶をする姿が当地のマスメディアで大きく紹介された。その後パキスタン人ジャーナリスト、フマユン・A・ムガールの計らいにより4度パキスタン遠征を行い、パキスタンでは毎年12月8日は猪木の日として登録されている。

引用元:ウィキペディア(Wikipedia)

 

イスラームのせいなのか

昨日、預言者ムハンマドに対する冒涜罪で拘束されていたキリスト教徒・アーシア・ビビに関する事件の概要や、無罪判決が下されてからのパキスタン国内の状況についてまとめましたが…

冒涜罪に問われたアーシア・ビビ
アーシア・ビビの事件 冒涜罪に問われたパキスタン人キリスト教徒パキスタン最高裁が、預言者ムハンマドに対する冒涜罪で拘束されていたキリスト教徒・アーシア・ビビに対して無罪の判決を下したことによる、パキスタン国内の抗議運動や、一部の暴動に関してのまとめ。...

いただいた中に気になるコメントがあったので
一部抜粋。

それがパキスタンという国、イスラム教という事でしょうね。だからイスラム教=怖い宗教
と多くの日本人が思っている。

改宗するように言われるって、他の宗教を認めないという事?強制するんですね。

〜中略〜

私が初めてパキスタンに行った時もデモで主幹道路が閉鎖され、病気の子供が乗った救急車が通行できず亡くなったとオンラインニュースで見ました。
道路上ではタイヤなんかが燃やされてました。
意味がわからない。やる事ないから、皆んなが騒いでるから一緒に騒ぐ感じ?
大変迷惑!日にちがズレてたら空港に行けなかった。
今回の事件を見て、イスラム教は過激な宗教だと
いう事が改めてわかりました。

イスラム教は平和な宗教だとマスジドの人は言っていましたが、平和な宗教がすぐに人の命を奪うでしょうか。サウジアラビアの事件もそうですが、恐怖でしかない。国によってイスラム教のあり方捉え方が違う?

引用元:ブログコメントより

こういう意見も含めて、
人がどういう考えを持つか、どう発言するかは自由だと思います。

実際他にも今回のパキスタンのニュースを見て
「だからイスラム教ってダメなんだ」「イスラム教は怖い」「パキスタンは危ない」って思った人はたくさんいるだろうと思うし、こんなニュース見たらそう思う人増えるだろうなぁとも思う。

ただ私自身は、今回のアーシア・ビビに関する事件は、
イスラーム云々という問題でもないし、イスラームのせいとも思いません。

あと、事件を紹介した事がきっかけで、
イスラム教が過激な宗教だと認識されるのも、私の意図するところではない。
過激なのは宗教ではなく、そういう行為をしている一部の「人」である、というのが私のスタンスです。

ので、フォローを。

あくまでも私の価値観と考えです。

宗教の形は変わる

宗教の強制に関しては、クルアーンの第二章256節にこういう記載があります。

宗教には強制があってはならない。正に正しい道は迷誤から明らかに(分別)されている。それで邪神を退けてアッラーを信仰する者は、決して壊れることのない、堅固な取っ手を握った者である。アッラーは全聴にして全知であられる。

引用元:http://islamjp.com/quran/quran002-5.htm

クルアーンには「宗教には強制があってはならない」ということが書かれています。
本来イスラームの信仰は強制する物ではないですし、他の宗教を認めないという事もないはずです。

スズケー
スズケー
ただ、私的には、
これはあくまでも同じ啓典の民(キリスト教、ユダヤ教など一神教の宗教徒)に対しての宗教的寛容であって、多神教に関してはまたちょっと対応違うよねって感じるけど。

イスラム法では、ムスリムは基本的にムスリムとしか結婚できないとされてます(ムスリム男性は同じ啓典の民の女性なら結婚可能)。
なので、結婚の際とかに「イスラム教徒になってくれないと結婚できない」と言われて、信仰心や気持のないまま入信する人もいますが、
実際にはムスリムと非ムスリムの結婚例は普通にあります。

私自身もそうです。
特定の宗教を持たないまま、ムスリムのパキスタン人男性と結婚をしています。
インドのように複数の宗教が複雑に生活に絡む国ではわりといます。
それがいいのか悪いのかは別として、
現実社会、特に生活スタイルが昔とは大きく異なる現在では、全てがイスラム法通りにいくわけではありません。

クルアーンは変わりませんが、人は、世界は変わっていくので、昔の通りをそのまま実践できない。
それは当たり前の事だと思います。

クルアーン

宗教はツールでしかない

私は、宗教はただのツールの一つでしかないと思っています。
それぞれの人、”個”を生み出すパーソナリティーの一つ。

同じ調理器具・レシピを使って料理しても、作る人によって出来上がりが異なるように、
宗教もそれを使う人・受ける人によって形は変わると思います。

例えば今回のアーシア・ビビの事件に関しても、
無罪判決に対して不満を持ち、半暴徒化する人もムスリムならば、
自分の身が危険になる事を承知の上で、
彼女の人権を主張しイスラーム不敬罪に関しても批判した
殺されたサルマン・タシール知事もムスリムです。

彼らの違いはなんなのか。

結局のところは、
その宗教をどう理解して、どう実践するかという、個人の知識や精神、理念の違い。

今回の件で暴動を煽動している人・参加している人は、
その人のイスラームの解釈の仕方が歪んでしまっている。
その人の”自分と違うもの”を受け入れる心が欠けてしまっている。
人としての素質の問題、それだけのことです。

ただ単に「イスラームのせい」だけで起きている事件ではないと思います。
あくまでも問題なのは、イスラームを歪んで受け止めている「人」です。

パキスタン首相 イムラン・カーンの対応

今年8月にパキスタン首相になったばかりのイムラン・カーンはどうするのか。

いきなりこんなヘビーでデリケートな問題に直面して大変だなと思う一方、
彼がどういう対応をするのか気になっていました。

今のところのイムラン・カーンは、彼の信念に従って、
パキスタンと、その国民と、正義のために働いている、と私は思います。

ならばきっと、正当な裁判の上での無罪判決にも関わらず、
それに対して怒り狂い、国内の秩序を麻痺させ、たった一人の女性を殺せと人々が叫ぶ、
パキスタン国内のこの現状を良くは思っていないのではないか。
でも不用意な対応をすれば、それは自分の失脚につながることになりかねない。
一体どういう対応をするのだろうか…と。

イムラン・カーンの声明

ニュースを色々見ていたら、イムラン・カーンの声明の動画がありました。
ウルドゥー語ですけど。


正直、こういうスピーチになると日常的にはつかわない単語が満載で
学校などでちゃんとウルドゥー語(ヒンディー語)を勉強したわけではない私には結構わからないところもあり、
ザックリしたニュアンス意訳になってると思いますが。

思い出しながら書いてるので、順番も前後してるかも。
でもまぁ、こんなようなことを言ってたよ、ということで。

イムラン・カーンの声明(意訳&抜粋)

パキスタンはイスラムの名の下で建国された国であり、
イスラムの名の下で建国されたということは、クルアーンとスンナに反対する憲法は存在しない。

裁判官が出した判決はパキスタンの憲法と、クルアーンとスンナに則っている。
この国は預言者ムハンマドへの信心の元に在る。

裁判官や軍の司令官に対して激しい非難を浴びせる行為は許されるものではなく、
彼らの死を要求するような言葉を叫ぶのは愚かで嘆かわしい。

より良い国を作るために、国民が一つにならなければならない今、
判決が自分たちの思い通りにならなかったからと言って、
こういった激しい抗議活動を行う事は、我々の国に害を与える行為でしかない。

今日のこの出来事で一番困ったのは国民、貧しい人たちである。
国民に害をなす者はこの国の敵だ。

我々の国に害を与えるというのであれば、
国はその責任を遂行するため、全ての国民の生活を守るために、
全力を尽くして可能な限りの措置を講じるだろう。

破壊行動はイスラームではない。
彼らの行為は我々の国を傷つけている。

ざっくりした大筋はこんな感じかと。
パキスタンの軍隊が国の平和維持に尽力している事や、
暴動を煽る人々は自分たちのこと(次の選挙?)を考え国民を利用しているだけである事、
いつぞや起きた、オランダのイスラーム風刺コンペ問題に対してパキスタンが国連に意見して、そのコンペが中止になると言う結果をえた事などについても述べながらの声明でした。

 

イスラームの名の下にパキスタンという国の存在を持ち上げ、
かつ、今回の判決もイスラームとして間違っていないと諭し、
国のために国民が一つになるべきであると訴える。

うまいなーと思いました。
現時点ではベストな形の声明だったのでは。

ただ問題は、これを聞いたパキスタン国民のどれだけが、
彼の言っていることを理解して、愚かな行為をやめる事ができるか、ですが。

今後、イムラン・カーンに期待する事

パキスタンではやっぱり、
ムスリムではない人間はムスリムに比べれば、多少不便な事も多く、
場合によっては今回の事件のように、
謂れのない疑いをかけられたり、不当な扱いを受ける事もあります。
イスラームではない他の宗教を信仰する人を格下と認識している人もいる。

パキスタンが世界と歩調を合わせるのであれば、
腐敗した政治や、宗教を政治に利用する行為などの
古い封建体制は変えていかなければならないし、
宗教的・民族的マイノリティの人々も同じパキスタン国民として、
尊厳を持って平等に扱わなければならない、と思います。

その一歩を踏み出すものとして、
アーシア・ビビの事件に関する無罪判決は重要だったし、
あとは彼女や、この判決に関わった人々が、無事に生きていく事ができれば
大きな前進でしょう。

外交も色々大変ですが、まずそれよりも、
今のパキスタン国内に蔓延する、宗教と政治の大きなゆがみをただしていく事は
イムラン・カーンの最重要課題ではないかと思います。

スズケー
スズケー
人の心や考えを変えていかなければならないわけだから、
ものすごく難しいし、時間もかかると思う。
大変だね。

 

またちょっと別の話ですが、
イムラン・カーンの声明は「パキスタンには共感する心がかけている」
というのもとっても良かったです。

くわしくはこちらで。

ラホールのホームレスの親子
共感する心が欠けている 新しいパキスタンのためにアーシア・ビビの事件の暴動に関する、落合洋司さんの「イスラムの教えに照らせば当たり前」発言に関して。イムラン・カーンのパキスタンを福祉国家にするための必要性を説くスピーチなど。...

人同士の溝を深めないために

前述した通り、
宗教はただのツールの一つでしかなく、それを使う人・受ける人によって形は変わります。

なので、こういう事件を見て
「イスラームは過激な宗教」とひとくくりにするのはいかがなものかと。

私的には、
アーシア・ビビを「穢らわしいキリスト教徒」と言って罵ったムスリムと、
暴徒化した一部のパキスタン人を見て「イスラームは過激な宗教」とひとくくりにする非ムスリムとは、
根本は同じに見えます。

  • 最初から、自分と違う物に対するほんの小さな嫌悪感が心の中にある。
  • だから受け入れられない。
  • 受け入れられない相手だから、普通ならスルーできる事にも大きな不快感を受ける。

無意識のうちにこういう事が繰り返されるから、より溝が深まって、
何かをきっかけに深い対立の構図が出来上がるのだと思います。

その後、それが暴力に変わるかどうかは、
それぞれの人の知性・精神・倫理が出てくるところ。

大体の場合、これらがうまく作用して、大きな争い事にならないわけだけれど、
今回は、いろんな不満のはけ口として、知性・精神・倫理が吹っ飛んでしまって
こんな暴動が起きてしまった。

 

人同士って、最初から「この人たちは自分と違うから理解できそうもない」って思ってたら
そりゃうまく関われないに決まってる。

でも他人なんて、自分とは違うのは当たり前でしょ。

自分と違うから気になるし、なんで違うのか不思議だし、
違うから面白いし、違うから知りたい。

私は、違うから関わりたいと思う。

自分の知らない事や、自分と違うものを知るのは楽しい。
関わった結果「自分とは違い過ぎて合わないな」となることはもちろんあるけど、
そういう人もいるんだ、そういう考えもあるんだって知った事は、
自分にプラスになりこそすれ、マイナスにはならない。

 

私はこう思うけれど、こういう考え方の方が少数派だから、
対立や争いが起きるのかもしれない。

人の頭の、心の中の、
無意識にある思い込みや価値観って、どうやったら変わっていくんだろうね。

 

とりあえず、私の送ったEMSのためにも、
理性吹っ飛ばして愚かな行為でヒャッハー!ってなってるパキスタン人に、
猪木ビンタかましたいです。
マジで。

あと、パキスタン郵便局さん、お願いだから頑張って…

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スズケー
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フンザ出身のパキスタン人と国際結婚しています。 デザイナーとライターとアーティスト、時々通訳をしつつ、 投資もやってます。 お金稼いでパキスタンと日本とインドと、好きに行ったり来たりしたい。
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POSTED COMMENT

  1. アバター Mint より:

    きっかけはイスラーム教の冒涜なのでしょうが、日常生活の鬱憤や政治の不満を憂さ晴らししている人も結構いるのではないかと思うのですが、どうなのでしょう?

    スズケーさんの仰るように、イスラームの教えを実践するのは人間であり、完璧には出来ないからこそ人間。
    イスラームの教えを完璧に実践できれば、イスラームの国には警察も裁判所もいらない。
    逆にいえば、イスラームを信仰してるからと言って、なんらノンムスリムと変わらないんですよね。
    ノンムスリムだからって人を殺していいわけでも、嘘をついていい訳でもない。
    ムスリムでもノンムスリムでも、「ムスリムなのに」と言う人がいるけれど、その前に人としてどうあるべきかが大事だと思っています。

    • スズケー スズケー より:

      >Mintさん
      そうだと思いますよ。そして自分たちはそれをわかってなくて、イスラムのためって正当化している。
      ついでに言えば抗議行動してる人達は、イスラームの教えを完璧に実践してると思ってると思いますよ。

      自分の理性を保ったり正しい判断をするために、
      自分の中の良心ではなく
      宗教を基準にしないといけない・している人たちが
      そもそもの宗教の捉え方を人として歪んで捉えていたらこうなるんだなっていう、残念な例だと思います。

  2. アバター あつこ より:

    イスラムの冒涜だと言うけれど、暴力やいじめはどんな理由でも認められてはいけないし、それが宗教を理由にした途端に合法になるような社会は、やっぱり現代社会とは言いがたいですよね。

    うちの夫は音楽家でテレビに出るような人だったらしいのですが、ヒゲの形一つで「預言者を冒涜している」といちゃもんをつけられ、脅迫状を送られることもあったとか。そんなことコラーンに書いてあるわけないからただのいちゃもんなんですけど、それで「お前を殺してやる」って言うところに発展しちゃうところがすごい。
    アーシア事件で無罪が出たように、ちゃんとした心ある人はいるのだから、これを見てパキスタン人全員が暴力的とか、狂信的とか考えるのは間違っているとは思うけど、国民の大多数の意識はまだまだ現代社会としてお互いの違いを認めながら共存していくところからはほど遠いところにあるのだなと思いました。

    ちょっと前はムスリム同士でなくてもニカーができたんですね。。私たちの時は、異教徒同士の結婚を認める、「Special Marriage Act」というのがなくなったとかで、改宗証明書がなければニカーはできませんでした。しかも外国人だからとか、私が年を取り過ぎだからとかいろんな理由で、普通のイマームでは二カーしてもらえず、ムフティという偉い人のところに行きました。コーランにはキリスト教徒の女性とムスリムの男性は結婚していいことになっているけど、実際にはほぼ全員が改宗しないとパキスタンではニカーできないと言われるようです。

    あ、昨日のコメントについてなんですが、イギリスでも多分ニュースになってます。うちテレビとかないんで。。。(汗)夫は実家からいろいろ情報収集してると思ってたら、私の方がよく知ってたって言うオチでした。

    • スズケー スズケー より:

      >あつこさん
      ヒゲwww
      パキスタン国内にも様々なヒゲスタイルマンがいますし、
      最近パキスタンのサッカー選手とかはオシャレヒゲはやしてますけど、
      そんじゃあ彼らはきっと全員脅迫状もらってますね(笑)
      人のヒゲにケチつける前に
      まずお前の立派なヒゲ見せてみろよっていう…

      あと私は、本当に単に二カーしただけで、
      二カーはそこのイマームがご自身の判断でやってくれたと思われます。
      むしろ私が
      「あれ?式やるだけじゃなくて二カーするの?私ムスリムじゃないのに?」って思いました。
      旦那もSpecial Marriage Actなんて知らないみたいですし。

      田舎なので、街中とは色々異なる事も多く、
      多分あそこら辺なら今でもそうなんじゃないかという気がしないでもないです。
      イスマイリーと言う、宗派の影響もあるかもしれません。

      でも、村の外に出れば、私がムスリムではない事を他の人には色々言われますので、
      それに対して自分の意見を強くはっきり主張できないならば
      入信して結婚した方が、後々メンタル的には楽だと思います。

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